梅雨の晴れ間
日曜日から数日、梅雨の晴れ間となりました。ダブル台風の先週のお天気から考えると、信じられないぐらいの好天でした。その合い間を使い、奈良旅行に行ってまいりました。パートナー共々、京都や大阪までは行っているのに、奈良という場所は初めてです。お恥ずかしい限りです。東大寺の大仏さんも法隆寺の五重の塔も、教科書でしか知らない場所で、本物を拝見して感激ひとしおです。まさに、百聞は一見にしかず。特に法隆寺の1400年という歳月の重みは、ずしーんと感じました。まったく、人間というやつは素晴らしい能力を持った生き物ですね。建築された時代にも、日本は巨大地震に襲われていましたが、その巨大な力をどう逃がして分散させるかなんて、スーパーコンピューターなどない時代にどうやって考え出しのかしら。そんな仕掛けを、模型や原寸大で作って試してみたのでしょうか。そして、それをあのスケールで木材で実現し、かつ1400年間も保たせるなんて、考えれば考えるほど驚きを隠せませんでした。

仏さまたちの素晴らしさ
また、数多くの仏像も見せて頂いてきましたが、塑造あり、木彫あり、鋳造あり、脱活乾漆造あり、と様々な技法が駆使されていて、それらが同じように1000年以上の時を経てもなお現存しているという驚き。運慶さんとか有名な仏師の仁王像なんかももちろん凄いのですが、ほとんどは名もなき仏師の制作した仏様ですから、なんと凄いことよ、と思ってしまいます。かの時代、仏教を政りごとの要にしようしていたことも関係しているのかもしれませんが、あちこちで大量に作られて、行先がないものは布でグルグル巻きにされて庫裏に放置されていたりして、実はお名前すらわからないという仏様も多くいらっしゃるとのこと。芸術作品と言ってしまうと語弊があるのかもしれませんが、あのように素晴らしき作品が、作者もタイトルも不明のままゴロゴロしていたなんて、なんと素晴らしき時代です。好みもあるかもしれませんが、飛鳥、奈良から平安、そして鎌倉、江戸へと、時代が変遷するにつれ、どんどん作品が素晴らしくなったという訳でもなく、奈良前後の仏様の素晴らしさは驚嘆すべきものです。

人間の持つ技術の素晴らしさ
日本人の平均寿命50年として計算すると、実に28世代前のご先祖様!という途方もないスケール間です。今のように便利なものがほとんどない中で、山の中で大きな木を切り倒して、持ち運べる大きさにして運び出し、乾燥させて、加工して・・・なんて工程を考えるだけでクラクラしてきます。それはきっと現代の感覚で想像するからクラクラするので、もっと大きな時間軸で考えればそれも普通なのかもしれません。ただ、建造物にしてもあの大きさです。足場もなしで組み上げたわけではないでしょうから、その工事の規模感や難易度の高さみたいなものの凄さを感じないわけにはいきません。まったく人間ってやつはなんて凄いんだ、と改めて思ってしまいました。

チームの一人一人がしっかりと仕事をした結果
お寺なんて当然一人では建築できませんから、企画したり、設計したり、材料を加工したり、細工をしたり、現場を監督したり、と様々な役割が分担されていたのでしょう。でも、凄いのはその数多くの人間が関わったチーム作業で、誰一人として手抜きをしなかったことではないでしょうか。だから、1400年たっても保っているのではないかしら。監督さんがどんなに頑張ったって全部見ていることはできません。だから、誰かがちょっと一か所サボって手を抜いてもわかりません。それでも未だに破綻がみられないのは、一人一人がどれだけ聖徳太子さまのために一生懸命働いたか、手を拭かなかったからではないでしょうか。(とはいえ1400年前だって、少しは手抜きやサボりがあったでしょうから、そういうのは前提に安全率がかけられていたと思いますけど)

蟻の一穴
話しは変わって、今回の道中少し休憩しようと、皇族方もご利用される由緒正しきホテルに入り、お茶とケーキ、サンドウィッチを楽しみました。格式高いので、とんでもない料金ですが、その代わり至れり尽くせりのサービスです。各従業員もプライドを持って対応しているのがわかり、持ち場異なっても会話の端々にそれがみてとれました。たまには、そんな世界を味わうのも悪くありません。ただ、残念だったのがサンドウィッチです。パンの一面が少し硬くなり始めていました。きっと表に出ていた面がそうなったのでしょう。我が家でもあるあるですが、如何せんコンビニのサンドの4倍以上もするメニューです。ただ、それがわかるのは、調理した方と食べた私だけ。サーブした方も、一緒にお茶をしたパートナーにもわかりません、私が言わないかぎりは。作った方は、パンに触るわけですからわからないはずはありませんが、それでも許容範囲としたのかもしれません。由緒正しいホテルとして、チームとして最高のサービスを提供するはずが、たった一人の判断でミソを付けてしまう。そして、そんなことが起こったことはチームの誰にもわからない。1400年前の木造建築とは比べるまでもありませんが、120年弱の歴史に小さな蟻の穴を開けてしまう行為だったかもしれません。誰かが見ていなくても、一人一人が最高のパフォーマンスを発揮することで、足し算ではない、掛け算の成果が生まれるのです。そうして、それがあるから何年にもわたり残っていくものになるのだろうな、と改めて思った出来事でした。今回のサンドウィッチのパンのことについては、パートナーがこのホテルでお茶をしたことを喜んでいましたし、会計時のホテルマンとの会話が面白かったので、水を差さないように私の腹の中にしまいました。ですから、まだ穴は開いていないかもしれませんけど、そろそろ危ないのかもしれません。そう考えると、あのホテルの10倍以上の歴史がある法隆寺っていったい何なのかしらって、改めてそのすごさに感心せざるを得ません。
人間って素晴らしく、そして何ともちっぽけな存在なんですね。
















